5/9(木)~5/16(木)
④5/12(日) ヴィンタートゥール
目覚まし時計はセットしていなかったのだが、8時には目が覚めてしまった。ここはスイスだというのに、日曜日だというのに、時差だってあるというのに、出社できる時間には目が覚めてしまうというのは、社会人の悲しき性である。自宅だったらそのままもう一度寝てしまうのだろうが、ここはスイスということもあって二度寝を決め込むことはなく、目が覚めたままに起きる。せっかく海を越えてきているというのに、覚醒している時間が少ないのは何だか勿体ないと思ったからだ。
朝日が差し込む食卓でのんびり朝食を食べていると、パートナーが散歩に行こうと言う。午前中は特にすることも決めていなかったので、言われたとおりに外に出た。相変わらず良い天気である。スイスには雨という概念が無いのか?僕は雨男だから、いつか絶対に揺り戻しがあるだろう。
泊っているシェアハウスは小高い丘の途中にあるので、坂道を登って丘の上を目指す。はじめは住宅地を進んでいくが、やがて周りが牧草地になる。いつの間にか丘の上の方まで来ていたようで、振り返るとヴィンタートゥールの穏やかな住宅街を見下ろせる。
足元の道はいつのまにかアスファルトから砂利道に変わっていた。パートナーが「もうすぐ牛がいるはず」と言う。確かに牧草地だからなにか家畜がいるはずだろうとは思っていた。牧草地の周辺に雑木林が目立つようになってきたころ、ガランガランというカウベルの音がして、視線を上げると牛さんたちがのんびりとお食事中だった。鳴り響くカウベルの音を全く気にせず、ただのんびりと牧草を食んでいる。彼女らのカウベルは別に装飾のためにぶら下げているのではなく、牛飼いたちが広い放牧地で乳牛の居場所を見失わないための実用品だ。
そういえば、スイスに来てから、列車の車窓から放し飼いにされていた牛さんたちは度々見ていたが、直で見るのは初めてである。広い牧草地に牛がのんびりと草を食む姿を眺める日曜日、実に長閑なものだ。
放牧地をぐるりと回り、丘の上に出る。差し込む陽の光が少し眩しい。牛さんたちは少しずつ移動しながらも、ずっと牧草を貪っている。こいつら、草食いながら、「草、うめ、うめ」とか言ってるんだろうか、と想像し、勝手にツボに入る。
上まで登った後は雑木林のトレイルを抜け、下っていくと丘の下の道に出た。1時間と少しで再びシェアハウスに戻ってきた。
「お散歩」には最高の距離感だ。ジョギングにもいいだろう。こんなトレイルが国じゅうに点在しているのならば、スイスの市民が心に余裕を持って暮らしているような気がすることにもなんとなく納得がいく。このトレイル、僕の家の近くにも欲しい。一応古賀志山があるか…。
帰ってきて一息ついてから、今度は街に繰り出す。駅前のcoopでミートパイを買って、食べ歩きをしながらお昼ご飯とする。少し物足りないが、腹を満たして眠くなるわけにはいかない。
ヴィンタートゥールの中心街を通り抜けていく。子どもが駆け回る公園の隅っこで、おじさん2人が巨大なチェスに興じていた。なんとお洒落な遊具か…。
公園の少し先に、コンクリートで固められた要塞のような建物が現れる。「
Theater Winterthur」、この街の劇場である。今日はここで、オペラを鑑賞する。街の庶民的な劇場という雰囲気で、畏まった様子はない。
Theater Winterthur
劇場では軽食コーナーがあり、休憩中に小腹を満たすことができる。開幕まで少し時間があったので、地元の醸造所のアンバーエールビールを頂く。パートナーはアッペンツェルのクラフトラガーだ。
庶民が集うヨーロッパの郊外の劇場で、グラスのビールを片手に、劇場のバーで開幕前の喧騒を眺めている。僕は今、最高にスカしている。
気分よくグラスを揺らしながら雰囲気に浸っている横では、開幕前に上演内容について解説を行っており、人だかりができている。いかにも理解しているかのような顔で耳に入れているが、ドイツ語なので当然の如く全く分からない。馬耳東風とはこのことをいう。
そうこうしているうちに開幕時間になった。演目は「真夏の夜の夢」である。前々から予約したので、2列目の中央とかいうなかなか良い席で見ることができた。
英語だからようやく少しは理解できると思いきや、発音が独特すぎてあまり内容は理解できない。まあ、オペラというものは音楽や演劇という要素が強いので、言語が違えど十分楽しめる。内容を現代風にアレンジしているようで、時折クスリと笑える小ネタがあるのが面白い。表現の多彩さを楽しんでいたらあっという間に時間が過ぎてしまった。
劇が終えると18時を過ぎていた。朝食も昼食もろくに食べていなかったのでだいぶお腹が空いてしまっていた。せっかくスイスに来たのだから1食くらいはスイス料理に舌鼓を打ちたいと思い、この日の夕食は地元のレストランで食べることにしていた。パートナーが目星を付けてくれていたので、とりあえずそちらへ向かう。レストランの近くには、聖ペテロ聖パウロ教会の立派な建物がある。
劇場から15分ほど歩いてレストランに行くと、なんとお休みだった。だいぶお腹が空いていたので肩を落とす。落ち込んでいてもどうしようもないので、Googleマップで調べて駅の反対側のレストランに行くことにした。劇場の方向に戻るし、20分も先だが、結局のところ空腹は最大のスパイスなのだ。
レストランはヴィンタートゥールの旧市街の通り沿いにあった。テラス席に通された。夕刻の風が心地よい。ひとまず僕はビールと、パートナーはシードルを注文していた。お酒を飲みながら談笑しているとスープが運ばれてきた。じゃがいもとにんじんのポタージュのようだ。おいしい。
スイス料理といえばチーズフォンデュだろう、ということで、もちろんチーズフォンデュを注文した。スイスの国旗が描かれたかわいらしいチーズフォンデュの鍋セットにぐつぐつとチーズが注がれていた。パンを浸して食べる。だいぶお腹にたまるが、美味しい。パンはちょうどチーズが尽きる具合で無くなった。底にたまったチーズほど味が濃い。
食いしん坊な我々はもう一品注文することにした。どれにしようか迷ったので店員さんにおすすめを聞いたところ、「レシュティ」というスイスの伝統料理とでっかいソーセージに、シチューのようなソースをかけた料理をおすすめしてくれた。言われるがままに注文してみる。「レシュティ」とは、スライスしたじゃがいもをバターで焼いたケーキのような、まあ、要するにガレットのような料理である。
運ばれてくると、とにかくソーセージのデカさが印象的だ。もちろん美味しい。レシュティは非常に優しい味がした。
スイスは山深い地形の中にある国だからか、郷土料理においても比較的「保存食」に重きが置かれているように思う。現地の食に触れると、現地の暮らしもなんとなくイメージできる。旅に出たとき、現地の食に触れるというのは、やはり自らの体験を豊かにしてくれるものだ。
だいぶお腹いっぱいになってしまったので、デザートを注文せず店を出た。店を出ると21時を少し回ったところだったが、スイスの空はまだまだ明るい。シェアハウスは駅の反対側なので、旧市街をのんびり歩いて戻る。少し薄暗い旧市街の通りは街灯の灯りが暖かく目に映る。石畳の旧市街にはスイスの赤と白の国旗がよく映える。
旅の間の休息日のつもりだったが、それでもとても満喫することができた。さあ、明日はスイスの首都、ベルンへ行く。
つづく
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