南アルプス 大井川西俣源流部を巡る 大井川西俣三伏沢~中俣~小西俣内無沢

2024/9/13(金)~15(日)

僕は北アルプスより南アルプスの方が好きだ。人を寄せ付けない頑固ジジイのような鋭さを持つ北アルプスと違って、南アルプスの大きく懐の深い山々は、僕を抱きとめるように受け入れてくれる。

南アと大井川は切っても切れない関係だ。南アルプス=大井川といっても過言ではないだろう。大井川の源流は、南アルプスの雄大な山々に守られた静謐たる安息の地だ。それは荒れ狂う激流に表情を変えることなく、いつでも微笑みを湛えながら、山域のど真ん中をただゆったりと流れている。

さて、果たしてその微笑みは僕にも向けられるのだろうか。敬老の日の連休を使い、南アルプスの最深部へ向かうこととした。

三連休の前日ということもあり、まだ金曜日の朝だというのに鳥倉のゲート前は既に車が多く停車してあった。辛うじてスペースを見つけ、車をねじ込んだ。準備をして林道を歩き出す。

鳥倉の登山口からは南アらしく心地良い森が続く。道中2,3匹リスが朝の挨拶にやってきた。淡々とペースを刻み、3時間かからず三伏峠小屋に着いた。「三伏カレー」が有名らしく、ランチをしていたお客さんの「ラジオに出てたから食べに来たよ!」という会話を聞いて、できれば帰りに食べよう、と考える。前日は大鹿村の公園の駐車場で雑魚寝したため睡眠不足気味で、小屋の前のベンチにもたれこみ、大井川の源流に入ることへの感慨に浸りながら30分程度の仮眠をとる。沢の装備を身に着け、さあ、微笑みの大井川源流へ出発である。

三伏沢へはまず三伏峠小屋の水場の方向へ下っていく。水場からは踏み跡が途絶え、歩みを進めると苔むした源流地帯になる。谷の向こうにガスにまかれた緑の山々が拝め、さながら水墨画のようだ。三伏沢の下降に特に難所はなく、グイグイ下る。

徐々に沢の流れる先が北から東へと向きを変え、水中の岩魚の魚影も濃くなっていく。眼前に塩見岳の雄々しい姿が迫ってくると権右衛門沢との出合は近い。

権右衛門沢の出合から中俣に入るとグッと沢の流れが広がる。塩見沢を見送り、少し進んだところの右岸に良さげな台地を見つけて幕を張る。倒木が多く、薪集めに苦労しない。焚火を起こし、夕食をたらふく食べて幸福な眠りについた。

翌朝、目覚めるとオリオン座が綺麗だった。焚火を起こし、サッポロ一番で身体を温める。「やうやう白くなりゆく山ぎは」をのんびり眺める。もう秋だが。少しずつパッキングを済ませて、明るくなったタイミングで行動を開始する。

西池ノ沢出合の手前で河原が大きく広がる。アルプスの中央部だというのに、こんなに開けた河原があるのが不思議だ。

多摩川の河原のような礫地を進んでいくと左岸に豪快な崩落地が見える。東池ノ沢だ。塩見岳の写真を見ればわかるが、塩見岳の南側にまるでパックリ口を開けた切り傷のような、灰色の崖になっている場所である。出合は東池ノ沢から流出した大量の岩石で扇状に埋め立てられており、このあたりの中俣はその大量の岩石の下に伏流している。現在も盛んに動き続ける南アルプスの大地の息吹をまざまざと感じることのできる場所だ。

礫地の上をスタスタ進んでいくとだんだんと森林が沢に近づいてくる。やがて礫地がなくなり、沢が少し急流となる。ちょっとした高巻きを交えたり、渡渉を繰り返して楽そうなルートを縫うように下降していくと、北俣との出合に出る。塩見岳に直接突き上げる北俣尾根は、いつか登りたい魅力的な尾根だ。

北俣出合からは沢がまた広がり、少々歩くと目の前にコンクリートの人工物が見える。ここが西俣慣合だ。中俣と小西俣の合流地点で、ここから下流が西俣である。中部電力の西俣堰堤が存在しており、ここから西俣を下っていくとリニアの通気孔工事のための立派な林道が通っているようだ。昭和30年代半ばまでは東海パルプ株式会社(現・特種東海製紙株式会社)の事務所が存在していたようで、かつては林業に携わる人々の集落が存在していたらしい。いまはただ、コンクリートで固められた大きな堰堤と、維持管理のための作業道があるだけで、あとは沢と緑と青空が広がっているだけだ。まあ、かつての暮らしに思いを馳せる…ことなどはなく、河原にザックを放り投げ、歩いてきた中俣とその上の蝙蝠岳を眺めながら昼寝をした。

涎を拭ってここから小西俣へ入る。小西俣もまた穏やかな流れだ。太陽の光が差し込む明るい流れの隣に寄り添うように遡行していく。悪沢岳の北尾根に突き上げる西小石沢の出合を見送り、度々出てくる瀞に潜む岩魚の魚影に感嘆の声をあげながら進んでいく。上岳沢出合と瀬戸沢出合の真ん中にある水流の強そうな小滝の巻きが唯一の危険箇所だろうか。まあ、足元を確かめながら礫地をよじ登っていくだけで、雪国の泥壁と比べたら大したことはないのでサクサク登れる。瀬戸沢の出合は涼しげな森に包まれていて、水浴びをしながら行動食の甘い餅を頬張る。

いくつかの沢が流入してくるがまだまだ水量は多い。南アルプスの大きさを感じる。魚無沢の出合からは霧の向こうに悪沢岳の稜線が見えるのだろう。小西俣が内無沢へと名前を変えたところで、左岸に再びよさげな台地を見つけて幕を張った。ここも流木だらけで、薪には全く困らない。夜中に目が覚めると雨が降っていて、タープがボタボタと音を立てていた。

朝目覚めるとまだ雨が降っていた。幸い沢は大した増水はしていない。南アルプスは森林限界が高いので、山自体の保水能力も高いのであろう。湯を沸かしてお茶を飲み、サッポロ一番を食べて身体を温めていると雨が弱くなり始めた。明るくなって出発する頃には雨は上がり、青空も覗いていた。今日は登山道を結構歩いて下山するから、装備を重くしてほしくはなかったのだが、雨が降っていないだけ幸運だと思い、出発する。

2040m地点が最後の大きな二俣だ。荒川中岳へ向かう沢には10m程度の滝がかかっている。我々は高山裏避難小屋の方向に詰め上がるので、鑑賞だけして先に進む。

ここで沢の水量はだいぶ減り、2180mほどで南東方向から流入する小沢を見送ると、内無沢のフィナーレは近い。いつの間にかまた雨が降り出していて、頬の上を水滴が伝う。グイグイと標高を上げ、苔むした小滝を登っていくと高山裏避難小屋の水場に出て、そこから上は水が涸れる。水場から小屋へは立派な道が付いているが、この最後の登りが割と急で、行程の中で一番脚にこたえたかもしれない。

高山裏避難小屋の避難小屋のノートには大学の後輩が南アルプスを縦断した際の書き込みが残っており、エネルギッシュな文章に元気をもらった。6年前の夏に熊の平小屋でアルバイトをしていた頃のTJARのランナーの寄せ書きが壁に貼ってあり、しばしあの夏の思い出に浸る。沢装備を解除しながら、雨が小康状態になるのを待つ。小屋の中で朝ごはんを食べていた饒舌なおじさんは、今日は小河内岳までだという。「若い者は歩けるやろ!」とのことだが、それは人によると思われる。行動食を口に放り込みながら休んでいたら、雨が霧雨程度となった。ここから長いので億劫だが、ダラダラしていても仕方が無いので出発する。

出発するとすぐに雨は止み、時折青空も顔を見せるようになった。森林限界下のトレイルを進んでいく。時折眼前が開けると、それは西側斜面が大きな崩壊地となっているということだ。こういうロケーションになると、決まって後ろを振り返って昂然たる荒川三山の姿を仰ぎ見ることとなる。厳めしい前岳と中岳、名前とは裏腹に鷹揚とした悪沢岳が存在感を放つ。さらに奥には赤石山脈の盟主たる赤石岳が、荒川三山に守られるように鎮座している。

いくつかのアップダウンをこなして小河内岳の登りに入る。右手に雲海の上の富士山が見えるようになってくる。無心で脚を前に出しているといつの間にか山頂に着いていた。山頂から東に少し下りたところに避難小屋が立っている。南アルプスの主稜線の山々をほぼ全て視界にとらえることができ、さらには富士山がこの上なく美しい。南アのちょうど中央に安閑と佇む、静穏な極上の展望塔だ。たしかに地味かもしれないが、僕にとっては南アルプスのなかでも一、二を争うほど好きな山である。

小河内岳から三伏峠までは前小河内岳と烏帽子岳のアップダウンをこなさなければならない。前小河内岳の登りは標高差の割に脚に来る。

最後に烏帽子岳に登る。眼前の塩見岳がひたすら大きい。ここまで歩いてきた地形をぐるりと見渡す。自らの道のりを振り返る。山に来ると、時間感覚が浮ついて、よく分からなくなる。長い思い出なのか、短い思い出なのか、よく分からないのだが、ひとつだけ分かるのは、西俣源流部を隔てて見る塩見岳は殊更素晴らしいということだ。

三伏峠小屋に戻るともうランチタイムは既に終わっていて、カレーにありつけることはできなかった。代わりに南アルプスの山がすべて描いてある暖簾を購入した。2日前と同じように、ベンチにもたれて感慨の仮眠をとる。烏帽子岳からの下りで物凄い速さで下りて行ったトレランのおっちゃんは、ここから鳥倉の登山口まで45分で下るという。当然ながら我々にはそんな芸当はできないので、マイペースに下っていくとする。

途中の水場で水を補給して、駆け下るように鳥倉の登山口を目指す。もう夕飯と温泉のことしか頭になく、樹林帯のトレイルをグングン標高を下げていく。最後は鳥倉の登山口に転がるように下山して、ザックを放り投げ、その勢いで地面に大の字になった。45分は無理だったが、2時間かからず辿り着いたようだ。

最後は長い林道を無心で歩いていく。ゲートに辿り着いたころには日は沈んでいて、辺りはだいぶ暗くなっていた。久々の12時間行動だった。

右膝を手術して以降、だいぶ歩けるようになったな、という感慨と、南アルプスへの敬愛の念を噛みしめて、日常に向かって再びアクセルを踏み込んだ。
きっとまた、いや必ず、愛すべき南アルプスを徘徊しに来るだろう。

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