南会津 志津倉山 雨乞岩スラブ

2022/10/26(水)

気温は氷点下、10月下旬だというのに、もう冬がやってきたのかと錯覚してしまいそうな宇都宮の朝。まるで真夏の生き物のような生命力を撒き散らしながら、彼はいつも通りのシルバーのワゴンで現れた。

「カミムラくん、めっちゃ眠いんで車出してくれないすか?」

いやいや、やっぱり秋だった。季節は間違っていなかったようだ。たしかに気温は寒いが、穏やかな秋の雰囲気だ。すっかり秋色に染まった会津西街道をのんびり北上する。会津田島と昭和の道の駅で休憩し、林道へ。ぐねぐね曲がるカーブをいくつか超えると、駐車スペースが現れる。登山口には「かしゃ猫」のストラップのような細工が売っている。

ゆっくり息を吸って入山する。穏やかな里山だが、ブナの大木がところどころに点在する。しかし、深山の様相は呈していない。まだ自分を受け入れてくれる山だとほんのりと感じる。

樹間から零れる陽射しに眩しさは感じない。優しさすら覚える。ブナの森の温かみがなせる技だ。

入山して数分で、今日の獲物、雨乞岩が現れる。南会津オタクのTuff氏は前々から目を付けていたという。沢状地形を詰めて、基部に降り立つ。

中段までは走って登ることが出来る。睡眠不足だというのにTuff氏はあちらこちらを駆け回っている。生命力の塊だ。私は生命力を温存したいので、中段のテラスで暖かな陽射しを浴びて惰眠を貪る。紅葉にまみれた昼寝は心地よいことこの上ない。

右側の側壁にはボルトが打たれていた。地元山岳会の練習用ゲレンデなのだろうか。

中段のテラスからは左俣を選択する。ここからは傾斜がきつくなる。私は自信が無いのでクライミングシューズに履き替えた。Tuff氏はアプローチシューズのまま登る。さすが、悪場の鬼である。

細かいところは多少あるが、フリーで登りきる。もっとも、支点を取れそうな場所は少ない。

最上部からは緩い藪漕ぎをして山頂へ至る。そこそこ新しい熊の糞を見つけてちょっと背筋が冷たくなるが、そんなことよりもブナの森が美しい。冬はどうなっているのだろうか。スキーで訪れよう。そんなことを考える。

山頂で少しばかりお茶にする。ここに喫茶店でも開きたい気分だ。遠く飯豊の山が見えた。果てしない山稜と、誇り高き渓谷に想いを馳せる。まあ、谷の中に突っ込む気はあまりないのだが。

ブナの大木を観察したりしながら山を下りる。Tuff氏は「豆腐屋に行きたい」と言っている。わざわざ豆腐屋に行きたいというのだから大変気になる。結局行かなかったのだが。

下山すると、こんな石碑があった。

この素晴らしい山、この楽園!
ジェフに捧ぐ

ジェフさん、あなたはいい場所を捧げられたものだ。ここは確かに楽園だ。私が死んだとき、少し分けてくれると嬉しい。

願わくば、この楽園がいつまでも存在し続けていてほしいものだ。

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