田代山・帝釈山

2023.8.27(日)

僕は中学校の頃、社会科の授業が来ると隙あらば地図帳を読みふけっているような人間だった。もっとも、僕は井の中の蛙大海を知らず、井の中しか興味の無い蛙だったので、地図帳を読みふけるといっても読んでいたのは日本地図の頁に限る。

交通手段が「鉄道」というものに囚われていた当時、なんとなく「秘境」の雰囲気を感じていた場所が3つある。一つ目は奥秩父・甲武信ヶ岳周辺、二つ目はJR田沢湖線とJR北上線に挟まれた奥羽山脈中部の真昼山地周辺、三つ目は今回訪れた帝釈山地である。実際はもっと人里から隔絶した秘境がこの国に存在することは、高校でしっかり山を始めて以降様々な知識を得て知っていくわけなのだが、それでも地図帳から感じ取った冒険的な印象は根強かったらしく、先に述べた3つについては、なんとなくそこはかとない憧憬を未だに感じるのだ。

いつの間にか自動車という素晴らしい交通手段を手に入れてしまった一方で、かつて僕の中で「秘境」として存在し続けていたあの場所たちは、いつしかハンドルを握れば日が昇らぬうちに麓に着いてしまうような、子どもの頃の「おでかけ」と同じ感覚に成り下がってしまった。確かに思い立てばどこへでも(難易は問うが)行けるようになった。ただ、時間の流れと共に様々なことを経験し、知り、獲得していくことへの感慨と共に、手に入れた手段を絞ることでしか少年の心を取り戻すことができない事に、ただ漠然とした憂いを覚えてしまう。

田代山の登山口は、南会津の最奥の集落からダート林道を黙々と進み、でこぼこ道に肩を揺らしながら車を走らせたにある。宇都宮を3時に出た甲斐あって、登山口の車はまだ2台だけだった。ラジオ体操をしていざ出発。

朝の森林は気持ちがいい。木漏れ日から零れる陽の光は何よりもヒーリング効果がある。もう一度ラジオ体操でもしたい気分だ。

歩みを進めていくとスタートから50分ほどで小田代、1時間で田代山の湿原に着いた。どうやら今日の膝の調子は良いらしい。このところ栃木県内は午後になると毎日雷雨が降っているし、正午前には下山したいところだ。のんびり昼寝をしたい雰囲気を携えた素晴らしい湿原なのだが、気持ちを抑えながら先へ進む。湿原の先の檜枝岐の山々の緑が青空に映えている。

田代山の避難小屋から針葉樹と広葉樹が入り乱れる稜線をのんびり進むと1時間ほどで帝釈山だ。栃木県側からガスが上がってきて景色は真っ白だった。かつての「秘境」がこんなにもあっさりと到達できるとは、時間の流れと人の成長は恐ろしいものである。ガスが晴れていたらもう少し感慨もあっただろうが、山頂を踏んだ時点で昼寝と温泉の事しか考えていなかったので早々にかつての「秘境」を後にする。

田代山に戻ると大きな積雲がもくもくしていたので、昼寝は諦めて温泉を目指し下山することとした。猿倉登山口にやっと戻ってきた!というときに、カーブした登山道の出合い頭にツキノワグマの若い個体1頭とばったり出会った。ブナの倒木で遊んでいたようだったが、驚いたのか即座に笹藪の中へ姿を消していった。

少し驚いたが、これだけ山奥ならそりゃ熊もいるだろう。後ろに来たおじさんが「この山域はよく熊が出るよ」と言っていた。夏休み明けの季節だし、挨拶でもしに来たのだろう。

帰りの林道でヤマドリに見送られ、湯ノ花温泉でぬくぬくに暖まってから帰途につく。湯西川温泉のあたりで土砂降りになって、正午前に下りてきてよかったなあ、と欠伸をしながら会津西街道を駆け抜けた。

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