2022/11/3(木)~4(金)
晩秋のどこまでも澄み渡る空の、その青い空の彼方の小鳥のさえずりをかき消すように、彼はいつも通りのシルバーのワゴンから圧倒的な生命力を撒き散らして再び現れた。いや、というかTuff氏は夜中に既に駐車場にいたらしい。今日はお初のNさんも一緒である。Tuff氏曰く、ご就寝中の僕の家に入るのはさすがに申し訳ない、との事だった。変なところで遠慮しないでほしい。そもそも僕の家の駐車場は道の駅ではない。
今日はTuff氏が運転するようだ。有難い。先週よりぐんと秋めいた会津西街道を北上する。途中道の駅たじまで休憩を入れ、スーパーで買い出しをして、黒谷川林道の出発地点にたどり着いた時には既に11時だった。うわ、まただ。でもTuff氏とNさんの表情には余裕がある。結局ダラダラ準備をして11時半に出発する。
燃えるような紅葉を尻目に黒谷川はゆったりと流れる。今を生きようとする命の最後の叫びを無視して、ゆっくりと流れていく。今自分が立っている場所と、川の中では時間の流れが違う。そう錯覚するかのようだ。
黒谷川林道を少し歩き、城郭沢との出合で入渓する。紅葉の中に包まれる。燃え盛る炎ではなく、緩やかに燃えるキャンドルのような炎。そんな気分になっていたら、指の隙間に絡まる水が非常に冷たく、背筋が締まる。
ちなみにこの沢のチョイスは、「記録があまり無い」「穏やかそう」という条件で、登山大系で探った結果である。あとは城郭朝日山のピークも踏んでみたかった。しかし、11月の上旬の沢登りなんて普通は寒い。正直膝から上は濡れたくない。
会津の地形は面白い。ここは日本屈指の豪雪地帯。積もり積もった雪は、その山肌に思い思いにアートを描く。地形の美術館である。それはそれはもちろん穏やかそうなこの沢にも当てはまるわけで、沢幅がだんだん狭まってきて、いつの間にか僕たちは小規模なゴルジュの中にいた。あれ?
まあ、とりあえず進もう。腰までは仕方ないと割り切って進む。途中ちょっとヌメって悪い3m滝があり、Tuff氏と僕は頑張って右岸を越えたが、Nさんがドボンしてしまった。さすがに寒そうだ。Nさんは再度のチャレンジで突破。先へ進む。
ゴルジュもそろそろ終わりか?という頃に、深い釜を持つ3m滝が現れる。巻きを検討するが厳しそうだ。みんなに悪いし、ここは流石に僕が泳ぐか…とリードを買って出ようとしたところ、Nさんがさっきドボンしたからとリードを買って出た。漢である。
まずNさんがトライする。鎌を泳いで水流の左から這い上がろうとするが、ホールドが見つからないようで苦戦している。
やがてNさんが戻ってくる。Tuff氏が多めに持ってきた防寒着でNさんを保温する。次はTuff氏がリードを買って出た。僕だとまた時間かかりそうですものね…。
Tuff氏は豪快に釜を泳ぎ、強引なハイステップで身体を乗り上げ滝を登って行った。流石である。Tuff氏がロープをセットし、僕とNさんは側壁をユマーリングで登る。
滝を越えたところでお茶を沸かして暖をとる。こういう時に落ち着くことは大事だ。
10分もしないうちに小ゴルジュ地形を抜け、平凡なゴーロを歩くと城郭沢と東の沢の出合だ。進路を右にとり城郭沢の本流に入る。一転して沢は平凡となる。滝は無い。薮っぽいゴーロが続くが、ブナの紅葉がこれを平凡と呼ばせない。人の匂いはしない。でも生き物の匂いが濃い。そんな沢の匂いが我々を退屈させることを許さない。
朝には秋晴れだった空がどんよりとしてきた。晩秋の曇り空は木々の紅の色を霞ませて、哀愁を感じさせるようだ。
小規模なナメコの群落が散見できるようになる。ヌメヌメしてるなあと思うと雨がしとしと降り出す。似たような感覚が呼応する。
入山から5時間、雨も降ってきて身体も冷えてきたので、ここらで行動を打ち切る。泥臭い斜面を登って沢に沿った廃林道に辿り着く。すっかり自然に還っているので、整地してタープを張り、焚き火を起す。
寒い身体には鍋に尽きる。野菜と肉をたっぷり煮込んだ鍋に、肉汁溢れる味噌ダレの肉、ポテトチップスと、嗜む程度のお酒。そして焚き火。これで人は延々と喋ることができる。
可愛いお客さんを出迎えて、たらふく食って眠くなり、欲求のままに眠りにつく。
翌朝起きたら雨が強くなっていた。小康状態になるまでしばし待つ。焚き火の暖かみにうとうとする。しかし待っていたら9時半を過ぎていたので、さすがに出発する。
渓相は特に変化は無い。左右の尾根が段々山っぽくなっていく。紅い世界に囲まれた、薮っぽいゴーロの中を行く。悪場は特にない。
雨が降り続く。雨は陰鬱だ。雨男である自分を恨む。足取りが重くなる。昨日の夜でなかなか満足したからか、モチベーションが上がらない。最近はいつもこうだ。目的地を踏むことに執着が無い。
2人に付いて行くうちに沢幅が狭くなっていく。ヌルヌルした小滝が続く。寒いので帰らない?と冗談半分本気半分で言うが、Nさんは無視してガンガン進んでいく。お初の山行なのに僕の扱いがわかっているようだ。Tuff氏は苦笑している。
沢形に水が流れなくなると城郭朝日山のピークは近い。残り標高100mというところで雨が雪に変わる。僕にとっては今年の初雪だ。この地に何m積もる雪の第1歩だと思うとなんだか愛おしい。
ブナの狭間の灌木の藪漕ぎをこなして城郭朝日山のピークに躍り出る。Tuff氏が「無積雪期に来たパーティーはここ数年でも片手で数えられるんじゃない」と言っていた。アクセスの悪い地味な山域の藪の中のピーク。それはまあ、誰も来ない…。
Tuff氏は城郭朝日山の東側を偵察したげだったが、視界が悪いし時間も押しているので早々に諦め、下山する。尾根から斜面をトラバース気味に東の沢の源頭を目指し、下降に入る。
再びブナの紅葉に包まれる。あとは帰るだけだ。時間が押しているので少し急ぎ気味に下る。登りで遅れ気味だった僕と入れ替わるように下りではNさんが遅れ気味になる。Tuffは「適性すね〜」とか言って笑っている。
途中の10m滝は左岸を懸垂で処理。途中釜にドボンして全身濡れ鼠になったりしながら、城郭沢と東の沢の出合で日没を迎えた。
日没後のゴルジュ突破は危険と判断し、ここからは右岸の廃林道を探し、黒谷川林道まで藪漕ぎすることとした。ルンゼ状地形を詰めるとアスファルトの跡があり、ここから廃林道に入る。
途中、暗闇の草付きを越えねばならない箇所があったが、何とか処理する。僕は濡れ鼠で寒くて仕方が無いのに、Tuff氏はお気に入りの枝を見つけて記念写真を撮っている。生命力の塊である。タフそのものだ。
城郭沢の小ゴルジュ部分が終わったあたりで沢に降り、黒谷川林道へなだれ込む。車に戻り、服を全部着替えて残った行動食をバリボリ食べる。
帰り道、暖房の効いた車内で寒気の残る身体を暖めながら、「記念写真撮り忘れたなあ」なんて呑気なことを思った。
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