南会津 只見川右岸 白沢川右俣~大川入沢

2023/11/9(木)~10(金)

子どもの頃、僕の遊び場といえば多摩丘陵だった。放課後がやってくると、ギアが最大の6から全く動かないオンボロ自転車で丘陵地の急坂をヒイヒイ登り、収穫の無い場所に勝手に価値を見出して勝手に満足するのが好きだった。丘陵地の見晴らしの良い場所から夕日を眺めた後、だんだんと薄暗くなっていく丘陵地を縫うように、自転車のペダルも漕がず坂を駆け下りて、色んな光できらめく対岸を眺めながら多摩川の河川敷を駆け抜けている時間が、人生で最もどうでもいい時間だったのかもしれないし、今でもどうでもいい感覚を追い続けているのかもしれない。

なんでこんな関係もない多摩丘陵の話をしているのかというと、今、僕が「南会津」という山域をこよなく愛する理由に通ずるところがあるのではないか、と勝手に思っているからだ。南会津は人里から近く、それでいて奥深い場所である。令和の時代にもなって伝承と慣習が深く根付く、いわば「時代遅れ」なのかもしれないその場所は、目を凝らせば勝手に価値を見出せる場所が多すぎるのだ。僕が価値を見出すには、その場所に「人の暮らし」が隣り合うことが重要なのであり、それは自然に隔絶された黒部の山奥でもなく、登山者の歴史と共にある峻険な槍や穂高には感じない。深雪に閉ざされながらも、人の暮らしと共に生き、共に死にゆく「南会津」には、僕の感情を揺さぶる「どうでもいいこと」がそこにある気がするのだ。

と言う割には、大して南会津の山に入っていない。まあ、地形図だけでこれだけのことを妄想する方が頭がおかしい気もするが、「南会津フリーク」を名乗るからには実際に足を踏み入れなければならぬということで、今年も恒例のわらじ納めを南会津で行ってきた。ちなみに、膝が死んでいた関係で、今年の沢始めでもある。

朝、家の布団で起きたら鍵を開けておいた家に入ってきたTuffもといゴックン氏がニヤニヤしながら朝だということを教えてくれた。大方寝相の悪い僕の写真でも撮ったのだろうが、寝ぼけながらゴックン氏の車で宇都宮を出発する。

途中、道の駅とスーパーに立ち寄り、宴会用の食糧と酒を調達する。会津越川の駅前に自転車をデポして、本名の集落から裏道に入り、入渓地点に辿り着いたのは11時半のことだった。去年も同じような時間だったが、とりあえず入渓する。

序盤は平凡な渓相が続く。「平凡な渓相が続く」といってもこの沢は終始平凡な渓相が続いているのであり、正直渓相についてあれこれ言うほどではない。一部、ちょっとしたゴルジュ地形があったりしてちょっと巻いたりしたが、それくらいのことで、あとは人里に近いところでは針葉樹が植樹されていて、進めば進むほど広葉樹が現れるくらいのことだ。しかし、遡行価値がないとか、そういう話でなく、そもそも遡行価値は僕が決めることなので、あらかじめ言っておけば、これはとても楽しい沢登りであって、僕にとっては価値ある時間だった。

露出する岩の色を見て、ゴックン氏が「グリーンタフですね」「やっぱ御神楽らへんと似てるね」と観察している。ミカグラ方面も足を延ばしてみたいのだが、僕の技量と脚の状態だと身に余るので、いつか万全な状態で行ってみたいものだ。

ケンチュウ沢の出合あたりから周りの森が広葉樹になる。ブナ、トチ、サワグルミ、ハンノキなどの大木が優しい森を作り出していて、気温は低いのに暖かな気持ちになる。途中、晴れているのに河原の石がびっしょり濡れていたが、あれはきっと熊さんだろう。近くにいるかもしれないね、とTuff氏に話すと、2分後くらいに案の定「熊だ!」とか言っていきなりダッシュし始めたが、そのドッキリは予想出来ていたので乗らなかった。

地形図上に584mの表記があるあたりに極上のテン場を見つけ、今日の宿とする。焚火を前にして、酒を飲みながら採取した菌類を味噌汁にぶち込み、肉を焼き、米を炊いて大いに食らう。いつしか焚火の前で眠りについていて、朝起きて気付いたらテントの天井が見えていた。

朝起きて焚火の前でのんびりしていると、下流側からテンがひょこひょこ現れて、僕らを見てフリーズしていた。「!?」というテロップが浮かびそうなレベルで数秒間フリーズしていたが、はっと我に返ったのか飛ぶように尾根を登って逃げていった。まあ、信じられないのかときおり立ち止まって僕らの様子を見ていたのだが…。

焚火の前でダラダラダラダラして10時に出発する。出発すると同時くらいに小雨が降り始め、久しぶりに雨男効果を発動した。渓相は変わらず晩秋の優しくも死にそうな森の様子だが、ちょっと寒いので白沢山は諦め、右俣からショートカットして尾根を登り、大川入沢を下ることにした。途中、菌類に占拠された大木を発見してしばし観察する。

ヒイヒイ言いながら尾根を越えて大川入沢へ。大川入沢を下降し始めて少しするとゴックン氏が「これはすごい!」と声を上げた。見ると、倒木にビッシリなめこが生えている。群れるとは知っていたがこれほどのものは初めて見たので、流石に記念撮影をした。

菌類をしばし観察した後、大川入沢を下っていく。雨が少しずつ強くなってきて寒い。470mくらいの二俣を越えてすぐのところで、立派な雄鹿が沢の真ん中で息絶えていた。息絶えてから3日も経っていないような亡骸で、最初は大きな岩と間違えて鹿と判断してからは声が出たが、山に行き、死んだ者に手を合わせた。

下っていくと沢の横に林道が現れるようになり、最後は林道で巻いて会津越川駅へ出た。自転車は僕が運転する気満々だったが、ゴックン氏が「運転したいっす」と言い残して爆速で消えて行ってしまった。たまたま来た汽車に敬礼したり、近くの神社にお参りに行ったり、案内板を読んだり、稲叢を観察したりしているとゴックン氏が車で戻ってきた。速い。「片付けもせず何してるんすか?」と言われ、返す言葉もなかった。

下山後は八町温泉の共同浴場へ立ち寄った。地元のおじいちゃんが菊芋と宝梅の郷土料理の話を小一時間してくれたが、方言と環境のせいで半分くらい聞こえなかった。しかし、心も身体も暖まる時間であった。

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